誰にも気付かれないように、そっと玄関のドアを閉め外に出た。

月も出ていない暗い夜道。
時間が遅い所為か擦れ違う人は滅多にいない。
それでもつい俯き加減で足早に歩いてしまうのは、これから行く場所で自分がする行為が後ろめたいのだと判っているから。

目的地はいつもの公園。

自分がこれから行うのは『覗き』だ。




















 止まらない狂気




















目に焼きついて離れない光景がある。

それは、自分の兄が深夜の公園で大柄な男に襲われている姿。
決して明るいとはいえない外灯の下で、兄は「嫌だ」「離せ」と、身を捩じらせて抵抗していた。
が、男は慣れているのか、そんな抵抗をものともせず易々と兄を押さえ込み、その身体を好きなように弄んでいた。
決して本意ではないだろう兄の反り立った性器の先からは透明な液が溢れ、男の手は更に滑らかな動きを見せる。
ぬちゃぬちゃと微かに響く水音と兄の苦痛に歪んだ顔。淫靡なその光景に一瞬言葉を失った。

「・・・・っや・・・・め・・・・・っ」

絞り出すような兄の声に我に返り、自分は助けに飛び出したけれども。
しかしそれに気付いた男は持っていたナイフを兄の首筋に当て、「動いたら斬る」と脅しをかけた。身動きが取れなくなった自分の目の前で、男はなおも兄の性器を意地悪く弄っていた。男に嬲られ顔を歪める兄貴をるのをただ黙って見ているしかその時は手がなかった。

『・・・・・明・・・・・・見る・・・・な・・・・・・・』

苦しそうに喘ぐ兄は再三自分にそう懇願した。
男に弄られて勃起している姿を弟に、いや、誰にも見られたくない心境は痛いほど分かる。
見ちゃダメだ、見ちゃダメだ。

頭ではそう判っていてた。
でも。
淫靡なその光景から目を離すことはできなかった。
それだけではない。

「ぁ・・・・う・・・・、あ・・・・ぁ・・・っ、・・・んっ」

信じられない事に、必死で噛み殺した声と羞恥に塗れた顔を前に、自分の下肢はじわりと熱を持ち始めたのだ。

―――― 嘘・・・・・・だろ・・・・・・?

兄が理不尽な暴力を受けているというのに、何故?
解らない。
自分の身体は一体どうしてしまったのか。
何故こんなにも身体が昂ぶるのか。

「ッ・・・・・、やぁ・・・・・・・くっ・・・・・」

戸惑っている間にも、男の手は休む事無く兄の性器を弄り続け、
その先からは透明な液が次々と零れる。

兄が見知らぬ男に襲われているというのに助けることもできず、
目を逸らすこともできず、それどころか逆に食い入る様に見つめ続けた。
やがて。

「・・・・・ゃ・・・・・見ない・・・・・で・・・・・・くれっ・・・・・・、ぁあ・・・・・だ、・・・・・だめ・・・・・・・や・・・・・っ」

首筋に舌を這わされ、濡れそぼった性器を一段と強く扱かれた兄は短い悲鳴を上げ、
白い液を宙に放った。

上気した兄の頬。
潤みきった瞳。
露になった太腿。
そして白濁が乾いた地面に滲み込む様を自分は生々しく思い出すことができる。

どの時点で自分に『覗き』の性癖が現れたのかは分からない。
しかしそれ以来、『野外』それと『羞恥に塗れた兄の顔』、この二つが揃わないと自分の下半身に熱が帯びてこなくなってしまった。
だからこうやって深夜家を抜け出し、公園に向かうのだ。









目的の場所に着き、足音を忍ばせて園内を歩く。
屋外プレイを楽しむ変態カップル、それを見つけるのは実に容易い。

今夜はあそこか・・・。

外灯の光も届かない一番奥まった茂みから微かな声が漏れ聞こえ、自分はそこに足を向けた。
茂みの隙間から奥を覗く。と、果たしてそこには『見てください』と言わんばかりに足を拡げた女と、獣のように女に覆い被さる男がいた。
男が激しく腰を打ち付け、女は細い喘ぎ声を漏らす艶かしい情事。
それを見ながら、自分の性器を下着の中から取り出した。既に半勃ちのそれは直ぐに硬く反り勃ち透明な汁が滲み始める。
兄の顔を思い浮かべながら扱くと、

「・・・ん・・・・、ぁあ・・・・」

女の嬌声が自分の中で、

兄のものに摩り替わった。




あの時、男は射精したばかりでグッタリした兄に向かい、「次はアナルを犯してあげるよ」嫌な嗤いを浮かべていた。
男の手が尻の挟間に潜り込もうとした時、たまたま遠くでパトカーのサイレンが聞こえ、その音に敏感に反応した男は舌打ちし、兄貴を解放してさっさと逃げ出したけれど。

でも、もしあの時パトカーが通らなかったら、

きっと兄貴はあの男に圧し掛かられ、後ろを犯されていたに違いない。
そして自分にはやはりあの男を止められる手立てはなく、兄が犯される姿をただ黙って下肢を熱くさせながらずっと見ていたのかもしれない。
いや、もしかしたら・・・・・・・・・・・・。

『兄貴のこんな姿見て勃起させてんのか?変態』

男の下卑た声が脳裏に響く。
兄が襲われているというのに、それを見て興奮してしまった自分。迂闊にもそれを男に悟られる程、自分の欲望は大きく膨らんでいたのだ。

『興奮したのか?おまえ、もしかしてコイツに挿れたいのか?』

あの時サイレンが聞こえずあの悲惨な行為が続けられていたとしたら。

『こりゃ面白ェ。兄弟レイプショーの始まりだ。おら、さっさと兄貴の中に挿れろよ』

男はナイフをちらつかせながらそう言って、自分に兄貴を犯させていたかもしれない。
そして自分は、脅されているから仕方がないと言い訳しながら痛いほど張りつめたペニスを兄の後ろに宛がい、そして欲望のまま腰を押し進めたのかもしれない。



目の前で腰を振る女の姿が兄と重なる。
兄を組み敷いているのは、
自分だ。

『・・・やめ・・・・、明・・・・・っ、・・・・・く・・・・・・・』

自分の中の兄は、苦痛に歪んだ顔で拒む。
しかし自分は懇願を無視して欲望のままに兄を犯すのだ。
ぐちゃぐちゃに蕩けた兄の孔後に大きく育った性器を突っ込み内を掻き回す。

「っく・・・・・あ・・・・・っ」

同性に、しかも弟に犯されて喘ぐ兄の顔は、自分の好きなあの羞恥に塗れた顔。

『・・・も・・・・、よ・・・・・・・・せ・・・・、あきら・・・・・・・っ」

「・・・・兄・・・・・き・・・・・・、あにき・・・・・・」

でもそのうち兄の声は甘さを含むものに変化して行く。


『・・・あ・・・・・・きら・・・・、んんっ・・・・・そこ・・・・・・・っ、そんな・・・・・・に・・・・されたら・・・・・ああっ・・・』

「あにき・・・・・兄・・・・・き・・・・・・・・、すげ・・・・・俺も・・・・・気持ち・・・・・イイ・・・・っ」

『明・・・・・っんふ・・・・・・・・・・・あき・・・・・・っ』

「・・・・・・あ・・・・・にき・・・・・・・・・・・・・、あにき・・・・・・・・っぁ・・・・・っ」


何度も何度も、うわ言のようにその名前を呼びながら、あの時の兄と同じように白濁を宙に放った。





















グッタリと崩れるように地面に膝をつき、

――――  また・・・やっちまった・・・・・

精液で汚れた手をじっと見つめながら大きな溜め息を吐いた。
こんな風に吐精後に訪れるのは決まって兄に対する罪悪感だ。
もう何度頭の中で汚したか判らない。
時には泣いて許しを乞う兄を押さえつけ無理矢理犯し、時には自分から脚を拡げて淫らに誘う兄を淫乱呼ばわりしながら貫く。
兄に欲情するなんておかしいと判っている。いけないとも判っている。
でも止められない。
何故兄の顔が浮かぶのか、何故兄でなければダメなのか、それだけが判らないのだ。
それでもひとつ救いなのは、
自分には、あの男のように兄を辱める行動に出る勇気が無いという事だった。兄に対する欲望は日増しに高まって行くけれども、
せいぜいこうやって覗き見をしながら顔を思い浮かべ犯すのが精一杯だ。
心の中で「悪い」と思っていても、実際に手を出す訳じゃない。
そう思うと先程の罪悪感が少し軽くなる。

それが自分勝手な言い訳だとしても、今はそれに縋るほかない。


事が終わりそそくさと退散したのか、カップルはいつの間にかいなくなっていた。
自分もそろそろ帰ろうか・・・。汚れた手を取り出したハンカチで拭い立ち上がろうとした時、背後に人の気配を感じ、驚いて身を硬くする。

―――― 誰だ!?

慌てて振り返った自分は驚いて息を呑んだ。

「っ!」

そこにいたのは、






  兄の光輝

   あの時の男





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