桐生崇征の失敗



実はあまり知られていないが、この学園の寮の最上階には大浴場がある。
娯楽施設がないこの山中で、少しでも楽しめるようにと学園長が提案し、憩いの場として作られたという話だが、実際に生徒が使用しているところを私は見たことがない。
それはそうだろう。
体育館や柔道や武道館等の横にはシャワールームがあるので、汗を掻いたらそこで洗い流せば良いし、何より寮の各部屋には小さいながらもバスルームも備わっている。
今時の男子高生がわざわざ他人に丸裸を見られる場所に集うわけもなく。
その存在は知っていても寄り付く生徒は殆ど皆無。
故に、大浴場はいつも私の貸し切り状態だ。

私は戦闘訓練後、よくここに来て手足を伸ばして大きな風呂に浸かる。
最近どうも腰の調子が良くないが、これは訓練後に、
「桐生さん、お願いします、俺に稽古をつけて下さい!」
と、小林に居残り柔道の相手をさせられるからであって、決して「歳」だからではない。断じてない。
私はまだ20代だ。お肌だってピチピチで、こうやって高校生の中に混じっていても何の違和感もないのだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
おい、今笑った奴、お前だ、お前。お仕置きしてやる・・・・・と言いたいところだが、私は今非常に忙しい。
何故ならば、この寮のセキュリティシステムをハッキング中だからだ。

よし、繋がった。
カチャカチャカチャ・・・・・・
ふぅ、ミッション完了。私の仕事に抜かりはない。
ん?今、何をしたのかだって?
ふっ、この私に質問するとはいい度胸だ。いいだろう。特別に教えてやる。
今、私と小林以外の寮の全部屋にロックを掛けた。今夜寮内にいる生徒は一歩も外に出られない。
何故そんな事をするのか、だと?
それはお前が知らなくても良いことだ。










「亮一さん、寮の最上階に大浴場があるって本当ですか?」
作戦室での会議終了後、小林が放った一言に、その場にいたチーム全員の動きが面白いほどピクリと止まった。
「あ、ああ、本当だよ。俺は行った事がないけれど、凄く広いっていう噂だよ」
「へえ〜、そうなんですか。寮にそんな風呂があるなんて凄いなぁ」
帰り支度をするふりをしながら、全員が二階堂と小林のやりとりに耳を傾けている。
そんな中、
「明日叶っ、行くつもりなのか?」
2人の会話に割って入ったのは藤ヶ谷だった。
「え?・・・あ、ああ、せっかくだから入ってみたいかなって・・・・」
「俺も行く」
「え?け、慧も?」
「ああ、何か問題あるか?」
昔はよく2人で風呂に入ったじゃないかと、その場にいる全員に聞こえるように喋っているのは、一種の牽制みたいなものだろう。なにしろチームグリフのメンバーは、この新参者に多大なる興味を抱いている。隙あらばものにしようと思っているのは私だけではない。
「明日叶が行くなら俺も行くぜ」
ゆらりと立ち上がり、そう宣言したのはクラウディオだ。普段から何かと張り合っている2人だが、小林の事になると更にそれは激しくなる。
「ちっ」
小林に聞こえないように舌を打った藤ヶ谷がクラウディオを睨みあげる。が、それに怯むことなく口の端を上げて笑う両者の間に火花が見え隠れする。


「えーっ!?じゃ、僕も行く!行きたーい!明日叶ちんの裸見た・・・じゃなくて、おっきなお風呂、入りたい!」
「おおおお、俺も行くっス!」
小煩い1年生コンビが揃って名乗りを上げる。
それに続き、「明日叶いくなら、俺も、いく」「明日叶、湯上りにマッサージしてあげますよ、念入りにね」
「みんな行くのか?それじゃグリフの責任者として俺も・・・・」
負けじと3年生も立ち上がる。
全員興奮して目が血走っているのは気のせいではない。
「みんなでお風呂かぁ。何だか楽しそうですよね」
必死な形相の皆に気付かず、小林は一人楽しそうに笑い、
大浴場っていうと富士山の絵が描いてあるのかな??等と、子供のように目を輝かせている。
そんな姿に、ピクニックに行くんじゃないんだ。裸体を晒したら輪姦される可能性があるんだぞ?
と、小林のあまりの危機感の無さに呆れていると、

「タカは?どうすんです?」
中川が俺の顔を覗き込んで言った。
「私は遠慮する」
「へえ、そうなんですか?」
「桐生、行かないのか?そうか、仕方ないな」
「えー、行かないの?」
皆残念そうな口ぶりではあるが、誰一人として私を誘わないのは、ライバルは一人でも少ない方が良いと思っているからに違いない。
「桐生さんは行かないんですか?」
小林が仔犬のような目で私を見上げているのを横目に「ああ」と頷く私の頭の中は、「小林は俺のものだ。貴様ら小童になど渡さん」と、既に小林と2人だけで大浴場に行く計画を、つまり小林を除くメンバーを排除する計画を練り始めていた。




画面の中、一箇所だけ緑色に点滅した。
小林が部屋を出たのだ。
他の奴らの部屋はロックが掛かった状態を示す赤い印がついている。
完璧だ。
これで私と小林は大浴場で2人きりになれる。
あの場所で、どんな悪戯をしてやろうか。

『きりゅ・・・・さん・・・・、な、なにする・・・・、あ、・・・やぁっ・・・・・、ああっ・・・・・』

私の手の中でどんな風に乱れるのか、どんないい声で啼いてくれるのか。
想像すると笑いが止まらない。
脱衣所よりも風呂場で犯る方が声が響いて良いだろうなどと考えながら、
私は上機嫌でドアを開けた。

「あ、桐生さん」
エレベータの前で小林が驚いた声を上げる。
私が手にしているタオルを見て、やっぱり桐生さんもお風呂、行くんですね、と言って嬉しそうに笑った。
無邪気な笑い顔を見ながら、『このタオルはお前が暴れた時に縛ることもできるし目隠しプレイもできる万能タオルだ』と邪悪なことを微塵も感じさせないように「そうだ」頷く。
「それにしても今日はなんだか静かですね」
辺りを見回して小林が言う。
「そうか?」
「はい。誰も廊下を歩いていないなんて珍しくないですか?」
「そういう日もあるさ」
そんな会話を交わしているうちに、チン、と軽い音がしてエレベーターの扉が開いた。
まだ不思議そうな顔をして周囲を窺っている小林の肩を軽く押し、逸る気持ちを抑えつつ私は最上階のボタンを押した。



最上階に着き、紺色に白く『湯』と染め抜かれた暖簾を見た小林は、「わぁ、凄い。本格的ですね」と感嘆の声を上げた。
さあ、いよいよだ。
脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に入る。どこで犯してやろう。
例えば広い浴槽の中、小林の背後を取り羽交い絞めにし、『き、桐生さん、何を・・・!?』慌てる小林の性器に手を這わせ刺激を与えるのはどうだろうか。
『や・・・め・・・・、もう出ちゃう・・・・・』と達する寸前まで弄んでから手を離し、射精する寸前で腰を蠢かせる小林の後孔に指を捻じ込み前立腺の快楽を教え込ませる。
考えただけでワクワクしてくる。
「どうしたんですか?桐生さん。何か楽しそうですね」
小林の声にはっと我に帰る。私としたことが、妄想の世界に入り込んでいたらしい。
「なんでもない。さ、行くぞ」
「はい」
努めて冷静な声を出し、小林と2人で暖簾をくぐった。



「あー、来た来た。明日叶ちーん、遅かったね」
「明日叶先輩、待ってたっスよ〜」

脱衣所に入った私達を迎えたのは、上里と土屋だった。
ななな、何故だ?何故この2人がここに居るっ!?

私は呆然としてしまった。

「2人とも、早いね」
「僕ね、お風呂セットを部屋から持ち出して直ぐにここに来たんだ」
ちっ。
こいつは俺がハッキングする前に部屋から出ていたのか。
作戦室を出る際、二階堂が話しかけて来なければ間に合ったのに。

「俺、何だか腹減っちゃって、食堂で慌てて牛丼食ってから直接ここに来たっス」
ちっ。
食堂までロックを掛けると、厨房で働く人達の出入りを制限することになるからと、
外しておいたのが裏目に出たか。

まあ、いい。
この2人ならば何とかなる。
小林を先に浴室に入るよう命じ、後はこの2人の鳩尾に一発ずつ拳を叩き込んで寝かせてやれば良い話だ。

と思った矢先。

「いやぁ、参ったよ。ムッシューにご飯をあげて部屋に戻ったら、何故だか入れなくて・・・」
ちっ。
二階堂め。上里とは逆に、ハッキング後に部屋に戻ったのか。タイミングが悪い奴だ。

さて、どうするか。
二階堂まで現れたのは少々やっかいだ。
何とか言いくるめて・・・

と考えていた矢先。

「明日叶っ、無事かっ!?」
「明日叶!」
ちっ。
競うように飛び込んで来たのは、藤ヶ谷とクラウディオだった。
部屋から出られなかったクラウディオはドアを蹴破り、藤ヶ谷は窓から最上階まで壁を伝って来たらしい。
2人の体力と小林に対する執念を甘く見ていたかもしれない。

「ふぅん、みんな揃ってんですねぇ」
ちっ。
最後に姿を現したのは中川だった。
私の顔を見るなり、『タカが何か企んでいそうな顔をしていたので、部屋に戻らずブラブラしてたんですよねぇ』と私だけに聞こえる声で言いながらニッコリと微笑んだ。
本当にこの男は侮れない。

かくして、誠に不本意ではあったが、チームグリフ全員で
横目でチラチラ小林の裸を見つつ、仲良く(上辺だけ)風呂に入る事になった。

今回のミッションは失敗だ。大失敗だ。準備期間が取れなかったことが敗因だ。
しかし次回こそ・・・・・・

私は心の中で固く誓ったのだ。



ん?

なんだ?


一人足りないのではないか?だと?

ああ、楠本のことか。

あいつなら、いたぞ。
何処にいたのか等と、つまらん質問はするな。
少し考えれば判るだろう?

判らないのか?
仕方ない。では教えてやろう。

私たちが脱衣所で服を脱いでいる時だった。
浴室から

「できたー!」

と嬉しそうな声が聞こえ、
何だ?どうした?何事だ?と、浴室に続く扉を開き風呂場を覗き込むと、

昨日まで真っ白なタイルだった壁一面に、それは見事な朝焼けの富士が描かれていて、
その前で楠本が得意満面な笑みを浮かべて立っていた。

「明日叶、富士山、見たいって、言った」
「うっわー、凄い!さすがです、興さん」

小林が楠本を褒め称える言葉を聞きながら、
今日何度目かの舌を打ったのは言うまでもない話だがな。

ちっ。


ミッション大失敗\(≧U≦)/
グリフのメンバーが皆行動的で明日叶今回は助かった。
でなければ桐生先輩に犯されるところでしたわーww

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