悪戯な指先











「ふぅ、間に合った」
明は息を弾ませながらバスを待つ列の最後尾に並んだ。

元からだらしなく首に下がっているいるネクタイを更に引き下げ、ワイシャツのボタンを大きく外す。
そして青く広がる空を見上げ、大きく息を吸った。
バス停目指して走っている時は気付かなかったが、初夏の爽やかな空気が清々しくて気持ちがいい。

明は肌に風を送るようにワイシャツをパタパタと上下に揺らし、

「いい天気だよなぁ・・・」

ポツリと呟いた。

実際、学校をサボるには絶好の日和だった。
河原で、いや、それとも公園の木陰で昼寝でもしようか。

そんな考えが頭を掠める。
が、それも束の間、鬼の形相をした母親の顔が脳裏に浮かび、自分の考えを慌てて打ち消した。
実は昨日も学校をサボり、大目玉をくらったばかりだった。
街をぶらついて夕方何食わぬ顔をして家に戻ると、ご丁寧に学校から無断欠席の連絡が入っていたのだ。
また学校から要らぬ連絡をされ母親にバレたら、今度はどんな雷を落とされるか分かったものではない。

それはさすがにまずいだろう。
ダルいけれど仕方がない。

青い空を恨めしそうに眺め、諦めたように大きく息を吐いた。








ふと後ろに人の気配を感じ、明は振り向こうとした。が、それより早く
誰かに覆い被されるように抱きつかれる。

「うわわわ!」

慌てる明を背後から抱え込み、

「おはよ」

明の耳元に息を吹き込むように囁いたのは正臣だった。

恋人同士になってからの正臣は、こうやって所構わず明に触れて来る。
人目も憚らず、だ。
この過剰とも思えるスキンシップが、二人きりの密閉された場所ならともかく、明はどうも苦手だった。
だからこんな時は必然的に、「おはよう」の挨拶より「は、離せよ!」と口調を荒げる事になる。
しかし正臣は強引ともいえる強さで明を抱き締め、

「昨日はどうしたんだよ。連絡くれれば俺も一緒にサボったのに」

耳を舐めるように話しかける。

「っん・・・!」

耳元で言われた声がくすぐったくて明は首を捻った。
すると今度は無防備になった首筋に「チュvv」とわざわざ音を立ててキスをされる。
朝から結構なスキンシップに明は慌て、

「ば!ばかやろう!朝っぱらから何すんだよ!」

纏わりついた腕を何とか引き剥がし、真っ赤になった顔を涼しげに立っている正臣に向けた。

「何するって・・・、朝の挨拶だけど?」

しれっと答える正臣に明は脱力を覚える。

「朝の挨拶って・・・お前なァ・・・。こんな所誰かに見られたら困るだろ?」

前に立っていたサラリーマン風の若い男がちらっと振り返り、明は口を噤んだ。
2人の関係は、この男の目にどう映っているのだろう?
仲の良い友達同士ががじゃれあっているようにしか見えない事を明は密かに祈った。

「俺は困んねーよ。それより明・・・」

そう前置きした正臣は、明の肌蹴た胸元に視線を落とし、薄い鞄を小脇に抱えながら、

「ボタン・・・ちゃんと留めておけよ」

ワイシャツのボタンを留め始めた。

「やめろ・・・、何すんだよ。暑ィだろうが!」

明の声を無視して正臣は器用に第二ボタンまでしっかり留め、ネクタイの位置さえも上にしようとしていた。

「正臣!」

何が何だか正臣の意図が分からず、業を煮やした明はつい声を荒げ、
正臣の手を払いのけた。
そしてネクタイを引き下げようとした時、その手首を思いの外強く正臣に掴まれた。驚いて顔を上げると、

「・・・前のリーマンがさ、明の胸元見てたんだよ・・・」

苦虫を噛み潰したような顔をした正臣が目に映った。

はぁ??
俺の胸元を見てただぁ??
つーか、別にそれ位いいじゃねーかよ。

胸の内で毒付きながら、明は正臣に掴まれた手を振り払った。

正臣の気持ちも分からないではない。誰だって恋人の肌を他人の目に触れさせたくはないだろう。
しかし俺は男だ。見られて困る胸もない。

明は半ば呆れて正臣を見た。

「気のせいだっつーの」
「いーや、気のせいじゃない。すげーエロい目で見てたし。
・・・つーかさ、まさか明、あいつを誘ってた訳じゃないよな?」
「っ!ば、ばかやろう!んな訳ねーだろ!」
「本当か?」
「怒るぞ!」

冗談じゃない。
誰が誘ってるって!?

正臣だから付き合ってるのに。
正臣じゃなければ嫌なのに。

自分の想いを踏みにじられたような気がして悲しくなり、明は正臣から顔を逸らした。

「心配してんだよ。・・・・明カワイイから・・・」
「カワイイって何だよ。そんな事言われても嬉しくねーよ」

明が不貞腐れたまま答えると、『悪かった・・・』と、正臣が頭を下げた。

項垂れた姿と、元々は自分を心配してくれての行動でもあるという事に気付いた明は素直に正臣を許す。
結局はお互い甘いのだ。

「もういいよ・・・。でも、お前以外の奴を誘うとか、そんな事絶対ェしねえし・・・」
「ふぅん。それって俺の事は誘ってくれるって事だよな?」
「ば、ばか!ち、ちげーよ!!」


いつものじゃれ合いが戻った所で定刻より若干遅れ気味のバスが到着し、2人はそのままバスに乗り込んだ。









この時間帯のバスは通勤通学のサラリーマンや学生で一杯だ。
それどころか、もう一つ先のバス停で更にそれは膨れ上がる。
そして案の定、次の停留所で大勢が乗り込み、明は正臣と共に人波に押され、
あっという間に一歩も動けない状態になってしまった。

「大丈夫か?明」
「お、おう、何とかな」

正臣に背中を預けるような体勢のままバスは動き出した。多分終点までこのままの体勢だろう。
背中に正臣の体温を感じ、少しドキドキしていたその時。
明は不意に下肢に違和感を感じた。
誰かの手が自分の股間を撫でている。最初は偶然触れただけだと思ったが、どうやら違うらしい。
バスの揺れに合わせて触れたり離れたり、それでも確かにその手は意思を持って明の股間を触っていた。

痴漢だ!ちくしょー!俺は男だぞ!一体どこのどいつだ!?

首だけ動かして周りを見回すと、バス停で明の前に立っていたサラリーマンと一瞬目が合った。

げっ!こいつかよ!!

逃げようにもどうにもならず、股間を弄る手はどんどん大胆になって来る。
しかも痴漢の手は巧みで明の股間はじわじわと硬く勃ち上がっていった。
このままどこまで追い上げられるか分からない恐怖に、明は自分の直ぐ後ろにいる正臣に思い切って助けを求めた。

「正臣・・・やべ・・・」
「ん?どうした?明・・・。具合でも悪いのか?」

正臣は心配そうに明の顔を覗き込んだ。ふるふると首を横に振った明は、

「俺、痴漢にあってるみたい。気持ち悪ィ・・・」

小声で伝えると意外な返事が耳元で聞こえた。

「でもすっごく大きくなってるじゃん。気持ち悪いんじゃなくて気持ちいいんだろ?」
「はぁ?何言って…」

そう言い掛けた明は、クスクスと声を押し殺して笑う正臣の声にようやく気が付いた。

触っているのは目の前のサラリーマンじゃない。正臣だ。

「なんだ?明。マジで俺だって分かんなかったのか?・・・って言うかさ、痴漢に触られて明のココこんなになっちゃうんだ」

呆れたように、しかしどこか楽しげに言いながら、正臣は明の股間を弄る手を止めず、それどころか先程よりもっと凶悪に指を絡めて来た。

「っ・・・!ば、ばか!やめろ・・・・よ・・・・・、こんな・・・・・所で・・」

しかし、拒む言葉とは反対に身体は熱くなる。
足元から這い上がってくるような疼きに熱い吐息が零れ、自然に腰が揺れ出した。

そのうち正臣の手が器用にズボンのチャックを下ろし始め・・・。

「・・・っ!や、やめろ・・・って・・・・まさおみ・・・・」

ただ制服の上から触られるだけならともかく、流石にそれはまずい。
情けない声で正臣に訴えた。しかし、

「だーめ。それに明、こーいう方が萌えるだろ?」

萌えねえよ!

そう文句を言う隙も与えられず
正臣の指が下着越しに容赦なくペニスを掴む。

「ぁん・・・っ!」
「しっ。静かにしないと、他の人に気付かれるって」
「・・・・・・・っ!・・・・・・・・・・ん
っ!」

亀頭を絶え間なく責めあげられる快感に頭がおかしくなりそうだ。
しかし明は唇をきつく引き結び、気を抜けば溢れ出そうになる淫らな呻きを必死に抑えた。

正臣の悪戯な指先は明のペニスを布越しにグリグリと弄り、下着にどんどん染みが広がって行くのが自分でも分かった。
くびれを弄られる度に背中が戦慄く。
快楽を与えられ既に力が入らなくなった膝は、正臣の脚によって支えられているだけの状態になっていた。

「明、のココ凄い濡れてる・・・」
「・・・っ!」

こんな大勢の人に囲まれている場所で前を弄られ悦んでいるという事実が明の身体を余計に昂ぶらせていた。
もう抵抗するどころではない。それどころかこのままだと下着の中に射精するのも時間の問題だった。


これじゃまるで変態みたいじゃねえか・・・
・・・でも、
出したい。

・・・でも、
こんな所で出してしまったら・・・

『・・・でも』を繰り返す明の葛藤も知らず、正臣の指は更に激しさを増す。

「ん・・・・っ!・・・・・も・・・・・や・・・め・・・・・・・・・・・・っはぁ・・・・・・ん・・・・・・・・・」

小さく声が漏れる。奥歯を噛み締めて耐えていた声は、既に理性で抑える事ができなくなっていた。

「もう限界だろ?」

正臣の言葉が直接鼓膜に吹き込まれ官能を刺激し、同時に下着の中でぱんぱんに張り詰めたペニスが跳ね上がり、
その瞬間。

「い・・・く・・・・っ!」

ここが満員のバスの中だという事を忘れ、全身を震わせて熱い滾りを吐き出した。






「え・・・・っと。・・・・・・大丈夫か?明・・・」

流石に悪いと思ったのか、困惑している明の耳元に正臣がそっと声を掛ける。

「ば・・・・か・・・・・・やろ・・・・・」

困惑、羞恥が混ざった表情で明は正臣を振り返った。
睨んでいるのであろうその瞳はイッたばかりで潤みきり迫力に欠ける。


「悪ぃ・・・つい・・・」
「つい、じゃねーよ。どうすんだよ・・・」
「まぁまぁ、後でカワイイパンツ買ってやるから泣くなって」
「泣いてねえ!しかもカワイイパンツって何だよ!」
「そんな怒んなって」
「怒るだろ、普通!」

「つーかさ、明、もう学校行くの無理だろ?今日は俺んちでゆっくり続きやろうぜ」

確かに、正臣の言う通りにするしかないのかもしれない。
下着の中は自分が吐き出した液でドロドロ。不快感この上なかった。


「な?いいだろ?あーきらvv」
「・・・・・・・・・・パンツは普通のにしろよ・・・」
「了解っ!!」




反省の色など欠片も見えない正臣に肩を抱かれながらバスを降り、
ああ、また母さんにどやされる・・・と思いながらも、学校とは反対方向のラブホテル街に明が歩き出すのは、

この数分後の事である。






多分明はこの後、正臣に紐パンを買ってもらったと思われます^^;
変態だねvv


            のーとんTOP