Sunflower



あの館から戻って来て2週間が経ち
俺と拓人は以前と同じようにアパートで暮らしていた

一見何も変わらないような生活
館でのことは一切話題には上らず
ともすれば夢だったのではないかとも思える

だけど、まだ思うように動かせない右手が、あれは現実だったのだと告げている


右手の包帯を目にする度、拓人は顔を歪め
そしてまるで自分のせいだと言わんばかりにすまなそうに眼を逸らす

痛みはもうないのに
その時だけはチクリと痛むような気がするのは何故だろうか

そうやって目を逸らした後
拓人は必死に笑顔を作って俺に向けるけれど
それが今にも泣き出しそうな顔だなんて事に、拓人は自分で気付いていない

拓人の心の傷は
まだ癒えていないのだ

拓人が館での日々を口にしない理由は良く分かる
それだけ辛い日々だったから
早く忘れ去りたいのだろうと思う

でも俺は
自分が如何に子供で無力であるか、
拓人にとって俺が如何に頼りない存在であるかを知らしめたあの館での事を
忘れてはいけないと思っている



悪い夢の続きを見ているのだろうか
館から戻ってから 拓人は夜毎魘されている

そんな拓人を見ていられず
俺はいつも頭から布団を被り耳を塞ぐ


あれ以来、俺は拓人に触れていないし
拓人も俺を求めて来ないけれど



「・・・拓人」
肩を引き寄せて
優しい言葉で慰めれば
拓人は俺に縋りついて来るだろう
ぎゅっと抱き締めれば、その腕を俺の首に絡めて来るだろう
そのまま唇も重ねるだろう
俺の舌は拓人の首筋に、そして胸元に下りて行き、既に昂ぶっている拓人自身を咥え込む
拓人は決して嫌がらない
それどころか嫌な思い出を忘れるように快楽に身を任せ
『遼太』と俺の名前を呼びながら果てるだろう


でもそれは
苦しさから逃げ出すだけの哀しい行為
熱を吐き出せば虚しさだけが残るだけだ

俺の首に回された手は本当に頼られている訳じゃない

それは分かっているけれど
でも、どうすれば拓人の心を癒せるのか、今の自分には分からず
それがとても歯痒かった




少しでも拓人が元気になればと、館に閉じ込められていた間に過ぎてしまった拓人の誕生日を祝う為、
バイトの帰りにケーキを買った。
それだけではと思い、途中で花屋にも寄った。
色とりどりの花が所狭しと並べられていたけれど
でもやっぱり花の種類なんか俺にはよく分からなくて
それしか知らないのかと拓人に馬鹿にされそうだと思いながら、以前にも選んだ事のある向日葵を
拓人と同じ歳の数だけ買った

贈り物だと告げると花屋の店員は恥ずかしい程豪華なラッピングを施し
照れる俺に、お釣りと一緒に何か書かれている小さな紙を握らせた

「・・・・なんだ・・・・これ・・・?」

不信に思いながら書かれていた文字を読んで、思わず笑みが零れた


   向日葵の花言葉 
      「憧れ」「私の目は貴方だけを見つめる」「いつも側にいるよ」


これしか知らないからと選んだ花が、今の自分の気持ちを全て語ってくれているようで
嬉しさが込み上げ、同時に勇気が湧いた





俺はもう大丈夫だからだから心配しなくていいのだと
音楽の道は閉ざされたけれど、その代わり他に目指す道ができたから
責任を感じることは無いのだと

いつ拓人に話そうかタイミングを計りかねていた話をするのには
今夜はいい機会かもしれない




「拓人を守りたい。強くなりたい」
前に、本人の肩を掴み意気込んで言った事をふと思い出した

その時は軽く受け流されてしまったけれど
でも今は
あの時よりも、もっとずっと真剣に考えている
それを拓人に分かってもらう為に
今夜は自分の全てを曝け出して拓人に伝えてみよう


俺は向日葵の花束を抱え直し
新たな気持ちでアパートへと続く道を一歩踏み出した







ちょっぴりオトナ風味な遼太



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