情動的な記憶










「俺の事は『拓人』でいいよ。これから一緒に暮らすのに、敬語なんて堅苦しいだろ?」

拓人の部屋に引っ越したその日、拓人自身にそう云われて

「ええー!?」

派手に驚いた声を出したけれど












本当は拓人の知らないところで、俺はとっくに『拓人』って呼んでいたんだよ
覚えているかな?あの雨の日を
俺が少し遅れてバンドの練習に行った日の事だよ
途中で急に降られて、濡れた身体でスタジオのドアを開けたら

「笹森、そのままじゃ風邪ひくぞ」

そう云って拓人は、俺にハンカチ貸してくれたよな?

洗って返すと言い張る俺に、そんなの気にしなくていいよと、拓人は笑っていたけれど、
俺はそのハンカチを無理矢理ポケットに突っ込んで、
そのまま家に戻ったんだ














閉め切った薄暗い部屋で、拓人の顔を思い浮かべながら
いつものように下肢に手を伸ばした

いつもと違うのは、拓人のハンカチが傍らにある事で
そっと顔を近づけると、仄かに香る拓人の匂いが鼻腔をくすぐり、
それだけで下肢は確かな熱を持ち始めた

「せん・・・ぱい・・・・・・・・・かつらぎ・・・・・・・せんぱ・・・い・・・・・・・・」

ハンカチを差し出した綺麗な指先はとても冷たくて

「・・・・かつ・・・らぎ・・・せんぱい・・・・・っ・・・・好き・・・・です・・・・・」



拓人の芳しい香り包まれ
その指を思い出し
俺は拓人を汚す


背徳の行為





















それでも、俺はまだ自制していた事があった


「・・・・・たく・・・・・・・っく・・・・・・・・んんっ!」


唇を痛いほど噛み締めて、何とか『拓人』と呼ぶのを抑え込む
こんな行為をしながらも、未だに云えない言葉








――― 拓人 ―――








もしその名前を呼んでしまったら


口に出してしまったら


自分の中で何かが壊れてしまうような気がして怖かった


だから我慢していたんだ



今まで








でも
拓人の匂いは
微かに、だけど強烈に、確実に、
俺の中に滲み込んで、体中を侵食し始めた








もう限界だった








「・・・・・たく・・・と・・・・・・・・たく・・と・・・・・・・ぁあっ!!」


信じられなかった















「拓人」


そう口に出しただけで、今まで感じた事がない快感が身体の底から湧き上がり

「拓人・・・・拓人・・・・・たく・・・と・・・・・んあぁっ・・・・」

拓人の名前を呼ぶ度に、身体中に甘い痺れが沸き起こった

鈴口から次々と透明な粘液が零れ
俺は夢中で手を動かした








拓人


拓人


拓人


優しい拓人


綺麗な拓人


指先が冷たい拓人









拓人の香りに包まれて
陶酔したように愛しい名前を呼び
俺は呆気ないほど早く達した













そう、あの雨の日から
俺は甘い夢の中で『拓人』と呼び始めたんだ























――― 俺の事は『拓人』でいいよ。これから一緒に暮らすのに、敬語なんて堅苦しいだろ?―――


嬉しいよ、拓人
このリアルな世界で『拓人』と呼べる日が来るなんて
拓人から云い出してくれるなんて





「よろしくな、遼太」

拓人は笑って右手を差し出した

「は、はい、葛城せんぱ・・・・・・・じゃなくて・・・・・・・タクト・・・」

それでいいんだよと微笑んだ拓人の手は
あの日と変わらずやっぱり冷たくて
俺はその手を握り返しながら

いつかこの腕に本物の拓人を抱ける日が来るといい

そう思っていた







おっかしいなぁ・・・
拓人の前で、中々「拓人」と呼べない初々しい遼太を書く予定だったのに・・・^^;
嬉し恥ずかし照れ遼太vv どころか、黒遼太になってしまった・・・



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