「・・・・・ふぅ・・・・・・」
「ん・・・っ・・・・・・」


さっきから聞こえてくるジャンさんの吐息に
俺は困り果てていた。





半月の夜







脱獄後、潜伏していた山小屋で俺達は一夜を明かすことになった。
そこは広くて寝心地が良いとは決して言えないが、逃亡中の自分達には十分な場所で。
部屋の中には見張りのベルナルドを除いた4人がめいめい床に転がり、
俺はジャンさんの近くで身体を横たえていた。
身体は疲れているのに気分が高揚していて眠れないのだろうか。皆寝付けずにゴソゴソと寝返りを繰り返している中、
俺は苦行に耐えるように身じろぎひとつせず仰向けになったまま天井を睨みつけていた。

「んん・・・・・・・・」

まただ。
ジャンさんはさっきから寝返りを打つ際、酷く悩ましげな声を出している。
・・・・・・分かっている。
それは、眠れない事に軽い苛立ちを覚えての溜め息に過ぎない。
けれど俺の耳には喘ぎにも近い声に届き、更に困ったことに、それを聞く度、自分の下肢がずくずくと疼いてしまうのだ。
『ムショ出た後は、性欲が大変な事になるぜ』とジャンさんは言っていたけれど、今まさにそんな状態だ。
溜め息が喘ぎ声に変換されるなんて、自分はどれだけ溜まっているのだろうか。

「・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・」

何回目かの溜め息がジャンさんの口から漏れ聞こえ、身体がまた熱を帯びた。悶々とした状態の中、俺の頭の脳内で邪な妄想が生まれ始める。

今のは、
ジャンさんのペニスを優しく握りやわやわと扱いた時の喘ぎ。俺の愛撫にジャンさんが悦んでいる声だ。

淫らな妄想にズボンの中でペニスがやんわりと頭を擡げ始めた。
いけない・・・・・・

例え頭の中でも、ジャンさんを汚すなんて、そんな事していいわけが、ない。

でも。

「・・・・ぅんん・・・・・・」

ジャンさんの固く尖った乳首を舐めたら、こんな声を出すのだろうかと、
邪な思いは止まらなかった。それどころか、妄想はどんどん膨らむ。

今この場でジャンさんの身体を押さえ込み思う存分その身体を撫で回す。
それはきっとそう難しいことではないだろう。
そう思う自分が怖かった。

・・・・・・・・限界だ。
これ以上ジャンさんの口から零れ出る吐息を聞いたら理性を保てる自信は正直、ない。
まだ理性があるうちにこの場を離れなければ。
幸い次の見張り役は自分だ。眠れないからと理由をつけてベルナルドと交代しても何らおかしくはないだろう。
とにかく今はジャンさんから離れることが先決だ。
そう思い、立ち上がりかけた矢先、
「ジュリオ、交代だ」
タイミング良くベルナルドが交代の時間を告げに来た。

外の空気は火照った身体にひんやりと心地よかった。
夜空には半月が淡い光を発し、周囲をぼんやりと照らしている。
吹いた風に時折木々がザワリと音を立てたが周りに怪しい気配はない。

俺は小屋から少し離れた場所で夜空を仰いだ。外に出たおかげか、身体の熱は大分引け、さっきより冷静に物事を考えられるようになっていた。
危なかった。
あのままあそこに居続けていたら、妄想と現実の区別がつかずジャンさんに酷いことをしていたかもしれない。

何事も起こらずに良かったと、俺は月を見上げながら大きく息を吐いた。




夜も更け、ようやく眠気が訪れたのだろうか、開けっ放しの窓からイヴァンのいびきが聞こえ始めた。
あまり煩いとジャンさんがゆっくり眠れないかもしれない。
いびきの主の額に小石の一つでも当てれば静かになるかも。
そう思った自分は足元の豆粒ほどの石を拾い、そっと窓辺に近付いた。
イヴァンのいびきに紛れるように、押し殺した話し声に気付く。
話の内容までは聞き取れないが、声の主はジャンさんとベルナルドだ。

突如悪い予感が俺を襲った。

何故気付かなかったのだろう。
自分があれだけ欲情したジャンさんの吐息。
それを他の誰かも同じように聞いていたら?
特にベルナルド。
彼はジャンさんと昔馴染みだ。
刑務所の中でも二人が一緒にいた所を何度も見かけた。
顔を寄せ合って煙草の火を点けている場面も見た。ただでさえ親密な二人だ。
ベルナルドがゲイだという噂は聞いた事はないが、状況が状況だ。俺みたいにジャンさんに欲情してもおかしくない。

交代で小屋を出る前、自分がそれまで寝ていたジャンさんの一番近い場所に腰を下ろしていたベルナルドの姿を思い出し、肌が粟立った。

俺は足音をさせないよう注意しながら窓辺に近付き、気配を消して小屋の中の様子を窺った。
二人は、自分が覗く窓辺の方に身体を向けて横になっていた。

「っ!」

目に飛び込んで来たその姿に不覚にも声が出そうになるのを慌てて飲み込む。
ぼんやりと月明かりが差し込む部屋。
自分の目に映ったのは、
横向きに眠るジャンさんの身体を、ベルナルドが背後から抱きかかえる姿だった。
ただ抱きかかえているだけではない。
ジャンさんは、ベルナルドの手によって半裸状態にされていた。
上着はたくし上げられ、その薄い胸に色づく小さな突起をベルナルドの手が撫で回したりしている。
下肢もズボンを膝辺りまで下ろされ露になっており、よく見るとジャンさんの股の間をベルナルドのヌラヌラと濡れた棹がゆっくりと行き交っている。
所謂『素股』だが、ジャンさんは酷く感じているらしく、ベルナルドが触ってもいないのにジャンさんのペニスは勃起して震えていた。
この行為が合意なのか否かは分からないが、声を上げまいとして健気にも手で口を押さえ必死に耐えるジャンさんの顔が自分を煽ったのは確かな事実。
その証拠に、さっきようやく鎮まったと思っていた下半身はいつの間にかカチカチに硬くなってしまっていた。

もう我慢などできない。
俺はズボンの中に手を突っ込み、張り詰めたペニスを握り上下に動かした。
ジャンさん、ジャンさん。
心の中でジャンさんの名前を連呼して俺は擦り上げた。
もどかしそうに腰をくねらせているジャンさんから目離すことができない。
・・・・ああ・・・・・、ジャンさん、ジャンさん・・・・・。
夢中で手を動かし続けた。
その時だった。
・・・・・・・っ!!
驚きで手が止まり、身体を硬直させる。

一体いつからこちらに気付いていたのか。
ベルナルドの視線が、
俺を真っ直ぐ捉えていた。


ジャンさんの痴態に気を取られすぎていたのは認めるが、それにしても全然気が付かなかったとは不覚だった。
この場を離れなくては・・・と思うのに、ベルナルドの視線に絡めとられたように身体が動かない。
硬直している自分とは対照的に、ベルナルドは悪びれる様子もなく腰を前後に動かす。
そして、まるで見せ付けるようにジャンさんの耳をペロリと舐め上げ、こちらを見て不敵に笑った。

「っ・・・!」

『こいつは俺のだから』そう牽制しているのかのような顔だった。

ベルナルドだからこそ許されるジャンさんへの卑猥な行為。
二人の距離の近さが羨ましくも悔しくもあった。

ふいにベルナルドがジャンさんの胸の突起を抓るように引っ張る。

「いっ・・・・・た・・・・・・・!んん・・・・・ぁあ・・・・っ」

それまで声を抑えていたジャンさんの口から密やかだが艶やかな喘ぎ声が漏れた。

「ン・・・・やぁ・・・・・・っふ・・・・・・・・・」

そのままコリコリと指先で捏ねられたジャンさんは、抑えきれずその口から断続的に喘ぎを零した。
溜め息とは全然違う、ジャンさんの本物の嬌声に興奮して身体が震える。
ベルナルドの視線なんか、もう気にならない。

「ぁ・・・・・・ん、・・・・・も・・・・・・やめ・・・・・・・・」

ジャンさんの声に煽られるように、俺は手を再び動かし始めた。

「ん・・・・・んん・・・・・・っ・・・・・・」

『ジャン、そんないやらしい声を出したら皆に気付かれるぜ?』
多分耳元でベルナルドがそんな意地悪な囁きをしたのだろう。
それまで固く閉じていたジャンさんの目が不安げに開かれ、辺りを心配そうに見回す。
勿論自分が覗いている窓辺にも。
まずい!と思った時にはもう遅かった。
俺はジャンさんの視線とまともにぶつかってしまった。

「っ・・・・!」

俺を確認したジャンさんの瞳が驚きで見開かれる。
ジャンさんは、慌てて後ろのベルナルドを引き剥がそうともがいていた。が、拘束のような腕からは逃れられず、もうヤメロと訴えようと開きかけた口も、更に激しくされた胸への愛撫で言葉にさせてもらえず、ただ喘ぎだけを零した。
ジャンさんは、「見るな」と言わんばかりに弱々しく首を横に動かしていたけれど。
泣きそうな顔を浮かべているジャンさんが可愛くて、
見られながらも淫らに腰をくねらす姿が卑猥で、
俺はその姿から視線を逸らさず、熱く滾ったペニスをジャンさんの名を呼びながら扱き上げ、小屋の壁に白い液を放った。

同時に小屋の中からもベルナルドの短い呻きが聞こえ、見るとベルナルドがジャンさんの太腿を白濁で汚しているのが見て取れた。
満足気なベルナルドとは裏腹に、ジャンさんは苦そうな顔をしている。
それもそうだ。
ジャンさんのペニスは上を向いたまま辛そうに震えたまま。
まだ、イってないんだ・・・・・・・。
ジャンさんの手がおずおずと勃起したペニスに伸びる。が、俺とベルナルドに見られている中では流石に自慰はできないと判断したのか、途中でその動きは止まる。
俺がしてあげたい・・・・・と思った。
さっき浮かんだ妄想のように、自分がジャンさんのペニスを握って扱いてあげられたらいいのに・・・・・。
もしもジャンさんが悦ぶなら、ペニスを口に含む事だって厭わない。
そんな考えを張り巡らせている俺の目に、ベルナルドがジャンさんの止まった手を掴んだのが映った。そして掴んだその手を、ジャンさんの股間へと導き握らせると、

「・・・・っ・・ぁあ・・・・・」

自分の熱を握ったジャンさんは艶やかな声を上げた。すかさずベルナルドが自分の手をジャンさんの手に重ね上下に動かし始める。

「・・・・・・ゃ・・・だ・・・・・、ベルナルド・・・・・・・、んん・・・・・・っふ・・・・・・」

直接的な刺激による快楽と、自分で自分のペニスを握っている困惑と、それを俺に見られているという羞恥が重なり、ジャンさんは苦悶の表情を浮かべていたが、やはり快感には抗えなかったらしい。
暫く一緒に動かしていたベルナルドの手がそっと離れても、ジャンさんの手は止まらなかった。
俺とベルナルドが見ている前で自慰行為をしている恥ずかしさなんて、今のジャンさんにはないだろう。

「・・・・い、・・・・・い・・・くっ・・・・・・・!」

短く叫んだジャンさんのペニスから白い液が勢いよく噴き出した。



さっきも抜いたというのにまた勃起してしまった俺は覗くのを止め、小屋に背中を預けて座り込みペニスを扱いた。脳裏に浮かぶのは勿論今しがた見たジャンさんの自慰姿。

「っ・・・・・ぅ・・・・・・」

二回目だというのに自分でも驚く程呆気なく宙に白濁を吐き出し、俺はそのままグッタリと壁に凭れかかった。

息を整えて夜空を見上げると、半月は先程より少し傾いていて。
それを見ながら、この一連の出来事は果たして現実なのだろうか、もしかして夢なのでは・・・などと考えてみたけれど。。
しかし手についた自分の精液が、これは夢ではない、現実だと語っていた。

気だるい腰を上げて井戸に向かい、汚れた手を洗い、ついでに顔も洗った。
服の端で顔を拭いていた俺の後ろで、ジャリ・・・と足音が聞こえ、振り返るとそこにはベルナルドが立っていた。
ベルナルドは真っ直ぐこちらに歩み寄って来る。俺は少しだけ身体が強張った。
彼は傍まで来ると俺の肩に手を置き、

「・・・・俺は後ろにいたからよく見えなくて残念だったが」
と前置きした後、
「ジャンのエロ顔は良かったか?」
俺の耳元で囁いた。

『見たことは全て忘れろ』類のことを言われるかと思っていた俺は少々戸惑う。
素直にハイと答えていいものか、否か、答えたらどうなるのか、ベルナルドの考えがさっぱり読めず返事に困っていると、再び
「ん?」
どうなんだ?とばかりに顔を覗き込まれた。仕方なく

「・・・・・ジャンさん・・・・・すごく・・・・・いやらしい顔・・・・していました・・・・・・・・・」

掠れた声で答えると、

「・・・だろうな・・・・。俺も見たかったぜ」

そう言いながら口の端を上げた。

「ところで、ジュリオ。お前、ジャンのオナニーでも抜いたのか?」
「・・・はい・・・・・・」
「さすがに若いな、ふっ・・・・」

呆れたような感心したかのような声を出して言ったた後、ベルナルドは、「ま、あれは確かにエロかったな」と呟きながらニヤニヤ笑った。

「それにしても屍体にしか興味がないと思っていたお前がジャンには興味を示すとはな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・なあ、ジュリオ」

ベルナルドは一呼吸置いて、再び俺の顔を覗き込んだ。
さっきまでニヤニヤと笑っていた顔は何処かへ行き、今は至極真剣だ。
一体何を言い出すのだろうと俺はゴクリと唾を飲み込んでベルナルドの次の言葉を待った。

「デイバンに戻って落ち着いたら、俺はジャンを俺好みの身体にに調教しようと思っているんだが」
「・・・・・・っ!」

何を言っているんだ?
好みの身体?
調教?
もしかしてベルナルドはジャンさんを自分の女にしようとしているのか?
でも何故それを俺に言う?

混乱する頭を整理する前に、ベルナルドが次なる言葉を発する。

「なぁ、もし良かったら二人でやらないか?」
「・・・・・ぇ・・・・・・?」

お前が覗いてると知った時、ジャンのやつ萎えるどころか身体震わせて悦んでいたぜ。見られて興奮する、あれは天性の淫乱だと、ベルナルドは俺に説明した。

普通に考えたらとんでもない提案だったけれど。

「お、俺も、ジャンさんに触れられる・・・・・?」

ジャンさんのいやらしい姿をまた見ることができるのは嬉しいけれど、今夜みたいに見るだけの役ならお断りだ。餌を目の前にして食べられないなど、我慢できない。
そこは確認しておかないと。

「分かってる。悪いようにはしない」

ベルナルドはポンポンと俺の肩を叩いた。

さっきより、もっと間近でジャンさんの淫らな姿を見られる。
何より自分もジャンさんに触れられる。今夜は我慢していた啼き声を思う存分声を上げさせることだって可能だ。
なんて刺激的な誘いなのだろう。

「・・・・・デイバンに戻ったら・・・・・・俺、GDの奴ら、皆殺しに、します」
「ああ、そうしてくれ。・・・・・・早く抗争を終わらせよう」
「・・・・・はい・・・・・」

俺はベルナルドの目を見て頷いた。

デイバンに戻ったら、邪魔なGDの奴らを全部片付けよう。
そうすれば
幸せな時間がやってくる。

「そろそろ見張り交代の時間だ。行こう」

ベルナルドは踵を返し、俺もその後に続いた。


拙宅のベルナルドは腹黒決定。ごめんよ、ベルナルド。
タイトルは『半月の夜』
いくらジャンが半分ケツだとはいえ、『半ケツの夜』と読んではいけない。

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